大野家墓地(大野直輔)
天保12年(1841年)徳山藩士大野篤直の三男として生まれる。万延元年19歳のとき、藩主に従って江戸に赴任し、勤務の傍ら大橋訥庵の門に入り、のち会津に赴いて秋月俤次郎に学び、帰藩後献功隊を組織し総監となった。
戊辰の役に出征し功をたて、明治元年イギリスに留学、6年帰朝して大蔵省に出仕し、造幣局長、預金局長兼銀行局長を経て会計検査院長になった。
明治33年退官、従三位に叙せられ、38年末より徳山の旧邸で余生を送ったが、大正10年5月10日死去した。墓は隠居山の興元寺墓地にある。
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